2015年8月15日土曜日

No.063(成功と失敗)

成功と失敗

 国境を越えて傷病者の医療救援にあたる団体、国際赤十字の創始者は、スイス
人アンリ・デュナンであった。
 彼は1859年、イタリアとオーストリアの戦争の際、北イタリアのソルフェリノの
戦場で、傷病兵の悲惨な状態を目撃した。戦いの翌日、彼は目前の負傷者を敵味
方の区別なく救うという信念に立ち、
 「あとのことなど考えずに全力を尽くして救護にあたろう」 と人々に呼びかけ、自
らそうした。
 そののち彼は、敵味方の区別なく傷病者を救う中立的救護組織を、平和時から組
織しておくことの必要性を人々に訴えるようになる。62年、彼は「ソルフェリノの
思い出」を出版し、戦争の悲惨さと、中立的救護組織の必要を訴えた。
 「ソルフェリノの思い出」は、様々な反響を呼んだ。「レ・ミゼラブル」を著したフ
ランスのヴィクトル・ユーゴーは、 「君こそ人道を護り、自由の原点に尽くす人。君
の気高い努力に万福の支持を捧げる」
 と言い、イギリスの作家チャールズ・ディケンズは、 「心温かき者すべてこのア
ピールに応えねば世の不思議と言うべし」 とデュナンを讃えた。やがてデュナンの訴
えは国際会議の開催を促し、それが赤十字に関するジュネーブ条約の成立となっ
ていく。このときデュナンは36歳。
 しかし彼はその後の25年間にわたって、多くの試練の中におかれている。
 デュナンが理事会のメンバーになっていた銀行が倒産、それをきっかけとして、彼自
身が行なっていた事業も壊滅的となってしまった。
 貧乏のドン底を放浪する時期が、およそ10年続いた。彼は捕虜の保護と待遇に
ついての提案を続けたが、身分は恵まれていなかった。またその後の15年間も、
病院の病床から離れることができなかった。
 しかし、そのような後半生であったからといって、デュナンが失敗者であったと誰が
思うだろうか。偉大なことのために働いた彼は、そのぶん苦労も多かったが、人類
のために赤十字という、輝かしい金字塔を残してくれたのである。もし彼がいなかっ
たら、赤十字もその精神も残らなかったであろう。
 彼は偉大な成功者であった。第一回のノーベル平和賞が彼に与えられたことは、
まことにふさわしいことである。

Jean Henri Dunant 1828〜1910 
スイスの博愛主義者、「赤十字」の創立者。ジュネーブ出身。

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