あの時神と向かい合った。
( F1レーサー アイルトン・セナ)
普通なら空々しく聞こえる”神”ということばが、彼が口にするとごく自然に聞こ
える。信仰心が厚いということは聞いてはいた。常に死と隣り合わせに生きる勝負師
にとって、何かを信じることは必要かつ不可欠なことかもしれない。
幼少の頃から敬虔なカトリック教徒として育てられた彼だったが、実際に神を感じ
たのは今から3年前のことだったという。それはモナコ・グランプリでの敗北がきっ
かけだった。
「あの時のことは一生忘れないだろう。自分がいかに小さいか、いかにつまらぬ自
尊心を抱いていたか、を思い知らされたレースだった。わたしは50秒以上も2位
(プロスト)を引き離していた。しかもラップは59週目に入っていた。
しかし、一週遅れにしてやろうという考えが頭をかすめた。そのつまらぬエゴイス
ティックな考えが私の集中力を乱してしまった。
集中力が乱れれば、当然それは技術的な欠陥となって現れる。案の定、私はある
コーナーでハンドル・ミスを犯してしまった。右に曲がるコーナーで、200分の1
秒くらい早くハンドルを切ってしまったのだ。
車はガードレールにぶつかり、反対側に跳ね返って、左側のガードレールにぶつ
かってしまった。それで終わりだった。
今も言ったように、精神と肉体とのコンビネーションは完璧でなければならない、
というのが私の信条だ。しかし、その信条をあの時わたしは、自分自身の愚かさから
破ってしまった。
今でこそこうして冷静に分析できるが、あの時は完全に茫然自失の状態に陥っ
ていた。コースアウトしたわたしはピットにも戻らずまっすぐ自分のアパートに
戻り、そこで外界と自分自身を隔離した。そしてコースで起こったこと、自分自身の
心の中でおきたことを振り返りながら自問自答した。
強烈な孤独感が私を襲っていた。何かにすがりつきたかった。気が付いてみたら私
は聖書を手にしていた。そして神と向かい合っていた。それまでに感じたことがな
かった新鮮さに心が洗われる思いだった。
自分に欠けていたのは、謙虚さだったということも悟った。わたしにそれが欠けて
いたため私を支えてくれていたチームの全員の期待を裏切り、彼らに多大な迷惑
をかけてしまったのだ。それをわたしに教えてくれたのは神だった。
以来、私は神をもっと理解するように努めてきた。理解すればするほど神の偉大性
と必要性を感じさせられる。
神は私の人生の大きな一部であり、常に心の中にある。だからといって、神に頼る
ということはしない。信じていれば、人間は強くなるものだ。そして危機的状況に
陥ったときは、正しい判断が下せる。
1989年の末、FISA(鈴鹿でのレースでアランプロストと47週目でクラッ
シュ。プロストはリタイア。セナは完走、トップでゴールしたがFISAから10万ドル
の罰金と執行猶予6ヶ月のライセンス停止処分を受けた)、私は真剣にF1かいを去る
ことも考えた。しかし、それは敗北を意味することを悟った。内なる神と話して得た
結論だったのだ。」
呼び名はどうであれ神はひとつ、それは今この場にも存在し、ただ心の目を開け、手
を伸ばしさえすれば触れることができると彼は強調した。
しかし、その口調はあくまで穏やかで、昨今跋扈(ばっこ)している宗教的狂信者
の押しつけがましいトーンとは全く違う。
セナ Ayrton Senna 1960〜94 自動車レース、フォーミュラ1(→ F1)の天才レー
サー。実業家を父にブラジルのサン・パウロに生まれ、13歳でカートレースをはじめ
る。1981年に英国にレーサー留学し、同年フォーミュラ・フォード1600に総合優勝、
83年にはF3で総合優勝した。
1984年にF1デビュー、モナコ・グランプリ(GP)で2位、総合ポイントでも9位にくいこ
む順調なスタートをきった。85年ポルトガルGPで初優勝し、この年2勝。88年マク
ラーレンに移籍し、ホンダ・エンジンで総合優勝をはたした。F1での通算勝利数は歴
代2位の41勝。94年5月1日、イタリアでおこなわれたサンマリノGPでコースわきの壁
に激突、頭部の骨折や全身打撲のため、34歳の若さでこの世をさった。
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