2015年8月16日日曜日

No.112(「みな我が師」支えられてこその金メダル- 清水宏保選手)

「みな我が師」支えられてこその金メダル 
清水宏保選手からの伝言

自分でも思いがけない感情なのですが、五輪が終わった今、胸の内側にあるのは、自
らに対する「ものたりなさ」です。
皆さんのお陰で、念願だった金メダルを五百メートルで取らせていただきました。千
メートルの銅メタル獲得できました。でも、目標を達成したとき、わき上がってきた
のは、「競技の頂点は、人としての頂点ではない」という当たり前の思いでした。
「競技者である前に、人間としてやるべきことをきちんと見つけていかなければ」と
いう気持ちです。いま、「意識の新陳代謝」が始まっているのを感じます。
表彰台に立たなければ、そんな気持ちになることはなかったかもしれません。土台を
作ってくれたのは、周囲で僕を支えてくれた方々です。
会社(三協精機)では、本業と関係ないスケート靴の改良のため、残業、休日出勤を
してくれました。エムウエーブの氷について、僕が生意気に文句ばかり言うのを、整
氷責任者は黙って聞いて、最高の氷にしてくれました。
練習をして、レースに出る。自分の役割はそれだけでした。ただ、皆さんの期待と自
分の弱さが重なって、五百メートルのレース直前の一週間は、悩み抜きました。「だ
れか、助けてくれ」。叫び出したい思いでした。
でも、ここで逃げ出しては、一生、逃げ続けなけれはならない。自分の中で「二人の
清水」が闘い、レース前夜、ふっと気持ちが軽くなった。遠足の前日の子供のよう
に、レースが楽しみになった。成功のイメージが自然にわいた。そうなれは、もう大
丈夫なんです。
レースでは、とにかく筋肉をしなやかに使うことだけを考えました。「力を入れる」
のではなく、「力を動かす」。
レース中、手の指先がピンと伸びることはありません。指の力を抜くことが、八割の
気持ちで十割以上の力を出すコツだと思っています。最後の直線は、流しているよう
に受け取られがちですが、リラックスした滑りは、そう見えるのです。
母とゆっくり話をする時間は、まだありません。でも、毎日、電話をくれます。「お
めでとう、お疲れさん」と言ってくる。
「きのうも聞いたよ」と口答えしながら、母の喜びが身にしみます。
十九日は父の命日でした。帯広に帰ってから仏壇にきちんと報告しようと思い、ま
だ、天国の父とは話をしていません。いろんな出会いに恵まれて、ここまで来まし
た。金メダルは人生の通過点。僕がひとつの「峠」を越えられたのは、テレビで応援
してくださった方も含めて、本当に皆さんのお陰です。
「我以外皆我が師」ありがとうございました。

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