2015年8月16日日曜日

No.088(「生きる喜び」小さなガラスに吹き込んで  (トンボ玉作家 星野優子))

「生きる喜び」小さなガラスに吹き込んで  (トンボ玉作家 星野優子)

トンボ玉は、溶かしたガラスの表面に、色とりどりなガラスの模様を象がん細工して作
られる。ガラスと溶かすバーナーの炎に照らされ、床には汗がしたたり落ちる。時間を
かけ、一つ一つ丁寧に仕上げていく「トンボ玉」の創作は、細かいだけでなく、非常に
根気のいる作業だ。
こうして生み出されたガラス玉はそれぞれに生命力をたたえ、美しい小宇宙を形作る。
人は古くからこのガラス玉の不思議な美しさに魅了され、時には他人の命と交換し
てでも手に入れたと伝えられている。
その歴史は古く、3500年以上も昔から装飾品として人々に愛用されてきた。日本に
も早くから伝わっていたが、広く庶民に広がったのは江戸時代になってからのことだ。
かんざしや根付けに利用されるようになり、その頃から形や模様がトンボの複眼に
似ているため「トンボ玉」の名称で親しまれてきた。
星野さんがこのトンボ玉を手がけるようになったのは14、5年ほど前。それまでは具
象画を中心とに油絵を描いていた。だが、何十号という大きいキャンバスに描くより
も、小さい中に凝縮されたトンボ玉特有の美しさが肌にあった。完成に至るまでの
何十という工程がそれぞれに完結しているのも興味深かった。
もともと芸術に理解のある家庭で育ち、自然な流れで芸術大学に進んだ。卒業後
は日本画家と結婚。絵にどっぷり漬かった生活を送る。だが、この世の名声や名誉
にこだわり続ける夫の姿勢に疑問がわき、「本当の絵は、名誉心や虚栄心ではな
く人間の魂が昇華されて生まれるものではないか」という問いかけが心の奥底に響
くようになっていった。
ある日、クリスチャンのアーティスト達が開いた美術展に行き、この問いに一筋の光が
見えたという。そこで出合ったのは信仰を持って描かれた作品の数々。それらの持
つ不思議な迫力を肌で感じた。かつて高校生の時に感動したゴッホの手記やバッ
ハの音楽。
そしてケルト美術。若い頃から惹かれてきた<美>に通じるものがそこにあった。
共通点は神を信じる心、「信仰」だった。
その数ヶ月後、彼女は教会で洗礼を受け、この日を境に、一人の人間として、また
創作家としても大きな転機を迎えた。
土台が何もないところでの創作は技巧に頼るか、自らを表現の核にするしかない。
そんな「苦しい自己表現」よりも、「いま生かされている喜び。内側から響いてくる
喜び」を素直に表現したいと願うように変えられた。そして、その喜びが最も出てく
るのは色の表現であるという。
「形はどちらかといえば意識されるもの。色はもっと潜在的なところから出てくる」
この言葉の通り、心にあるものが色の表現に反映するのか、最近、個展などで人から
「以前と違う。作風が明るくなった。」とよく言われる。そしてその理由を尋ねられる
と、必ず信仰のことについて説明する。このことを抜きにしては、彼女の創作は語るこ
とができないからだ。
3000年以上の歴史を持つガラス・モザイクの世界。その世界でどのように信仰を表
現できるのか、生きている喜びを表現できるのか。生まれ変わった創作家の挑戦
は始まったばかりだ。


ほしのゆうこ
1954年、兵庫県生まれ。76年愛知県立芸術大学美術学部卒業。造形研究活動の
後、85年に工芸工房「萌」を開設。87年よりガラス工芸に専念、トンボ玉の復元と
研究に努め、各地でトンボ玉展を開く。98年にキリスト教信仰に入り、創作活動も新
たな境地に入っている。

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