トンボ玉は、溶かしたガラスの表面に、色とりどりなガラスの模様を象がん細工して作
られる。ガラスと溶かすバーナーの炎に照らされ、床には汗がしたたり落ちる。時間を
かけ、一つ一つ丁寧に仕上げていく「トンボ玉」の創作は、細かいだけでなく、非常に
根気のいる作業だ。
こうして生み出されたガラス玉はそれぞれに生命力をたたえ、美しい小宇宙を形作る。
人は古くからこのガラス玉の不思議な美しさに魅了され、時には他人の命と交換し
てでも手に入れたと伝えられている。
その歴史は古く、3500年以上も昔から装飾品として人々に愛用されてきた。日本に
も早くから伝わっていたが、広く庶民に広がったのは江戸時代になってからのことだ。
かんざしや根付けに利用されるようになり、その頃から形や模様がトンボの複眼に
似ているため「トンボ玉」の名称で親しまれてきた。
星野さんがこのトンボ玉を手がけるようになったのは14、5年ほど前。それまでは具
象画を中心とに油絵を描いていた。だが、何十号という大きいキャンバスに描くより
も、小さい中に凝縮されたトンボ玉特有の美しさが肌にあった。完成に至るまでの
何十という工程がそれぞれに完結しているのも興味深かった。
もともと芸術に理解のある家庭で育ち、自然な流れで芸術大学に進んだ。卒業後
は日本画家と結婚。絵にどっぷり漬かった生活を送る。だが、この世の名声や名誉
にこだわり続ける夫の姿勢に疑問がわき、「本当の絵は、名誉心や虚栄心ではな
く人間の魂が昇華されて生まれるものではないか」という問いかけが心の奥底に響
くようになっていった。
ある日、クリスチャンのアーティスト達が開いた美術展に行き、この問いに一筋の光が
見えたという。そこで出合ったのは信仰を持って描かれた作品の数々。それらの持
つ不思議な迫力を肌で感じた。かつて高校生の時に感動したゴッホの手記やバッ
ハの音楽。
そしてケルト美術。若い頃から惹かれてきた<美>に通じるものがそこにあった。
共通点は神を信じる心、「信仰」だった。
その数ヶ月後、彼女は教会で洗礼を受け、この日を境に、一人の人間として、また
創作家としても大きな転機を迎えた。
土台が何もないところでの創作は技巧に頼るか、自らを表現の核にするしかない。
そんな「苦しい自己表現」よりも、「いま生かされている喜び。内側から響いてくる
喜び」を素直に表現したいと願うように変えられた。そして、その喜びが最も出てく
るのは色の表現であるという。
「形はどちらかといえば意識されるもの。色はもっと潜在的なところから出てくる」
この言葉の通り、心にあるものが色の表現に反映するのか、最近、個展などで人から
「以前と違う。作風が明るくなった。」とよく言われる。そしてその理由を尋ねられる
と、必ず信仰のことについて説明する。このことを抜きにしては、彼女の創作は語るこ
とができないからだ。
3000年以上の歴史を持つガラス・モザイクの世界。その世界でどのように信仰を表
現できるのか、生きている喜びを表現できるのか。生まれ変わった創作家の挑戦
は始まったばかりだ。
ほしのゆうこ
1954年、兵庫県生まれ。76年愛知県立芸術大学美術学部卒業。造形研究活動の
後、85年に工芸工房「萌」を開設。87年よりガラス工芸に専念、トンボ玉の復元と
研究に努め、各地でトンボ玉展を開く。98年にキリスト教信仰に入り、創作活動も新
たな境地に入っている。
0 件のコメント:
コメントを投稿