2015年8月16日日曜日

No.133(青い地球に神を見た)

青い地球に神を見た/1998年04月22日付

暗黒の天界。頭上より右に20度の方向に大きな丸のままの地球が浮かんでいた。透
明な青と暖かな白のまだら模様の球体が神秘な光を放つ。足元にはまっ黒なクレー
ターが地球の明かりに照らされて浮かんで見えた。
アポロ12号のアラン・ビーン飛行士はその時の地球の光を脳裏に焼き付けて30年近
くも生きてきた。
「やがて太陽が地上から13度の角度まで昇ってきてね。クレーターの影がくっきり
としてくるんだ」。大きな画布に濃い藍(あい)色の絵の具を何度もこすり付ける。
テキサス州ヒューストン郊外の静かな住宅街に画家ビーン氏のアトリエがある。小さ
い時から絵心はあったが、まさか絵かきになるとは思ってもいなかった。「地球に
帰って結局自分は未来に何が残せるか」。そう考えたら絵があった。もう120点は
描いた。
「月面の風景をそのまま伝えることが仕事」と考えた。だから光と影に徹底的にこだ
わる。「月面には12人立った。でもこんなこと自分しかできない」と思う。
月面の衝撃的な残像は、アポロ宇宙飛行士たちの人生や世界観を大きく変えた。

▽宇宙との一体感
宇宙船は秒速十㌔で月から遠ざかっていた。窓から暗黒と沈黙が支配する宇宙に浮か
ぶ宝石のような地球が見えた。
アポロPC号で月に降り立ったエドガー・ミッチェル飛行士の世界観に決定的な影響を
与えた瞬間だ。
この時「宇宙との一体感。体も精神も宇宙に広がっていくという恍惚(こうこつ)感
に突然襲われた」と言う。
コンピューター誤作動など何回もトラブルを乗り越え、33時間の月面作業をやり終
えて満たされた気分だった。「宇宙、月、地球、そして今ここにある自分の存在は偶
然ではあり得ない」という思いに打たれた、という。
地球に帰還してから宗教、哲学書を読みあさった。ソクラテス、デカルト。チベット
仏教の本も。インドにもでかけた。ダライ・ラマ十四世にもニューヨークで会った。
結局「伝統的な宗教や哲学では自分の神秘な体験は説明できない」とサンフランシス
コに自分の思索哲学の研究所までつくってしまう。
自宅は約27年前に月に旅立ったフロリダ州のケネディ宇宙センターにつながるウエ
ストパームビーチにある。現在67歳。ここで日々思索を深める。
「生命と死、存在と無という古来の賢者たちが秘境で悟った概念が、暗黒の宇宙では
実感として理解できた」と言う。
「宇宙空間での一瞬一瞬を創造的に感じた」という神秘体験は次第に「宇宙万物を支
配する何か、神とも呼べる存在」への確信へと発展した。
「宇宙は知的だった。科学で説明できない。神のような何かが動かしているとしか考
えられないんだよ」
ノースカロライナ州ローリー郊外の高級ホテル。2月10日、50代を中心に約50
0人のカップルが集まっていた。
米国でよく見られるキリスト教系団体の集まりだが、この日の説教者は「アポロ16号
で月に行った元宇宙飛行士のチャーリー・デューク夫妻」。今ではイエス・キリスト
への信心を説く伝道師だ。
帰還当時のニクソン大統領主催の大パーティー。群衆に囲まれた凱旋(がいせん)パ
レード。人生の絶頂期だった。「宇宙にはもう挑戦することはない」と宇宙飛行士を
辞め、テキサス州サンアントニオに戻ってビールの販売業を始めた。
抜群の知名度で大成功。やがて襲う虚無感。この時「英雄」の夫との心の距離から深
い孤独感に悩んでいた妻ドッティさんの精神状態は極度に悪化し、自殺を図ろうとし
た。
「地球に帰った後の人生で頂点からならくを見た。その時イエスの力にすがることを
友人から教わった」。科学の力で月に行き、技術者として否定していたはずのイエス
をいつしか受け入れていた。
会場で説教が続く。「月面で手を上げたら地球が隠れた。帰還後、人類愛を説いてい
たのに妻を愛していなかった。私にはイエスが必要だった」
静まり返る会場。こんなメッセージにさっきまでロビーで誇らしげに近況を語ってい
た男たちが目に涙をためる。デューク氏の人生の変遷に何を重ねて共感するのか。
丸い地球を月で見て地上でならくを見たアポロ宇宙飛行士が、人の心を癒(いや)
す。

▽人間に内在する力
白髪のこの穏やかな伝導師は今では宇宙は神が創造した、と信じている。キリストは
神の子だと。「宇宙はビッグバンで始まったかもしれないが神の意思があった」
伝道師のデューク氏も思索を深めるミッチエル氏も世紀末の今、ともに「神」を語
る。
宇宙で神秘体験をしたミッチェル氏の神は、イエスではなく万物を動かす自然の支配
者のような存在だ。「人類は宇宙の一部。人類は宇宙とともに進化する」。その宇宙
観、神の概念は人類の未来に悲観しない。
宇宙に浮かぶ地球。その上の現実。飢え、憎しみ、対立。この知的な元宇宙飛行士は
この時代をどう見ているのか。
「アポロの時代はだれもが挑戦していた。自信や熱狂があった。現代の時の流れはあ
まりに速く自己洞察ができない。人間は不思議な力を持っているのに、一人ひとりの
内在的な力を失いつつある」
彼はウエストパームビーチの海岸を毎日のように歩く。青の水平線がなだらかな弧を
描く。宇宙につながる空間にゆったりとした時が流れる。
「この世紀に人類は地球生物から宇宙生物に進化した。人類が挑んで達成した偉業の
高さと絶望の深さで比類のない世紀だった」と振り返る。
長年連れ添った妻と離別して久しい。だが宇宙を旅した現代の哲学者に孤独の影はな
い。
「宇宙ができて百数十億年。人類が文明をつくり出してから5000年前後。人類が
月に進出してまだ30年足らずだよ」

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