2015年8月16日日曜日

No.124(五千円札の肖像-新渡戸稲造)

新渡戸稲造
明治〜昭和初期の農業経済学者・教育家。
(1862〜1933年)

新渡戸稲造は、明治・大正期の教育家であり、国際連盟事務局次長としても活躍した
人物である。五千円札の肖像ともなっているので、その顔にはたいてい見覚えが
あるはずである。
(1984年(昭和59)に5000円紙幣の肖像図に採用された。)
新渡戸は、札幌農学校の学生時代に、クラーク博士の影響のもとで、クリスチャンに
なった。 クラーク博士の言葉「少年よ大志を抱け」(Boys, be ambitious)は有名だ
が、本当はこの言葉は「少年よキリストにあって大志を抱け」(Boys, be ambitious
in Christ)である。もとは「キリストにあって」がついていたのだが、それを抜かした言
葉が世間では有名になっているのである。
新渡戸も、その言葉に従い、キリストにあって大志を抱いた。それは「われ太平洋の
橋とならん」であった。彼は日米を結び、また世界を結ぶ架け橋となろうと努力したの
である。
若くしてアメリカに渡った彼は、そこでクウェーカー派(直接的体験を重視する派)
の信仰にふれ、熱心なクウェーカー派クリスチャンとなった。
また新渡戸は、アメリカ人女性メリー・エルキントンを妻として選んだ。今でこそ国
際結婚は多くなったが、当時は白色人種と黄色人種の結婚など、ほとんど考えられない
時代であった。
新渡戸はその後、日本に帰って札幌農学校教授、台湾総督府技師、京都大学教授、第
一高等学校校長、東京大学教授、東京女子大学長、を歴任した。
彼は日曜日には自宅を解放して、英語の聖書の講読、そのあと茶菓を出して座談を楽
しんだ。広い書斎兼客間が、聴講生であふれたという。
新渡戸はまた、妻の実家エルキントン家から送られてきた二千ドルの金を投じて、貧
しい子どものための夜学校をつくり、自分もそこで教えた。
新渡戸を世界的に有名にしたのは、英文で記した著書『武士道││日本人の魂』で
あった。この本は世界的に大きな反響を呼び、ドイツ語、フランス語、ポーランド語、
ノルウェー語、ハンガリー語、ロシア語、中国語にも訳された。
アメリカの第二六代大統領セオドア・ルーズベルトは、『武士道』を読んで非常な感
銘を受け、数十冊もまとめて買って自分の子どもや友人にすすめ、さらに海軍兵学校や
陸軍士官学校の生徒たちにも読むように勧めた。
第一次世界大戦が終わった翌年の一九一九年、パリの講和会議で、戦争を防ぐための
機構として国際連盟を設置することが決議された。その事務局には、事務総長の
ほかに事務次長数名が選ばれたのだが、新渡戸はその事務次長に選出された。
当時の事務総長ドラモンド卿は、新渡戸についてこう言っている。
「彼はただ演説がうまいだけでなく、深い感動を与える。その点で彼に及ぶものは、
連盟事務局にだれもいない」。
新渡戸は、その国際連盟の職を七年間務めた。その後日本へ帰国したのだが、その頃
の日本はしだいに国際的に孤立し、隣国への侵略の道を歩み始めていた。
一九三一年には満州事変がおき、日本は国際連盟を脱退、戦争への道を歩んでいっ
た。新渡戸はそうした中で、引き裂かれた国の間に何とか橋をかけようと奔走した。
けれども、もはや彼の雄弁をもってしても、事態を好転させることはできなくなって
いた。新渡戸はこうして一九三三年に、七二年間の生涯を閉じた。
新渡戸は、札幌農学校時代のクラスメイト内村鑑三と同じく、「二つのJ」——JE
SUS(イエス)とJAPAN(日本)を愛した。人の生きる時代は様々である。しか
し、その時代において人生を最大限に生きた人——それが新渡戸稲造であった。

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