ドイツの詩人・劇作家・小説家・科学者。
ゲーテの詩には、自然や歴史や社会と人間精神との関わりへの革新的な観察眼
があらわれており、その戯曲や小説には、人間のもつ個性へのゆるぎない信念が
うつしだされている。そして、こうしたゲーテの作品は、評論や書簡もふくめて、同
時代の作家たちや、彼が主導的な役割をつとめた文学運動にきわめて大きな影響
をあたえた。19世紀のイギリスの文芸批評家マシュー・アーノルドによれば、ゲー
テは、「ドイツ文学界の大御所」というだけでなく、「世界文学のもっとも多才な巨匠
のひとり」であった。
ゲーテは、1749年8月28日、帝室顧問官の肩書きをもつ裕福な市民の息子として、
フランクフルト・アム・マインに生まれた。65〜68年にかけて、ライプチヒ大学で法律
学をまなんだが、そのころはじめて文学や絵画に関心をおぼえ、同時代のクロプシ
ュトックやレッシングの戯曲にふれた。
やがて、ライプチヒで病いをえてフランクフルトにかえり、回復するまでの間、神秘哲
学( 神秘主義)や占星術や錬金術をまなんだ。とくに、母親の友人で、敬虔(けいけん)
派とよばれるルーテル改革派のメンバーだったクレッテンベルクの感化によって、
宗教的神秘主義への洞察を深めた。1770年と71年には、シュトラスブルク(現ストラ
スブール)で法律学の勉強をつづけ、さらに音楽や芸術学、解剖学、化学などもまな
んだ。
「ファウスト」は、ゲーテの長い生涯の最後をかざるにふさわしい大作である。また、
ドイツ文学の傑作というばかりでなく、世界文学を代表する名作ともなった。中世の学
者魔術師としてひろく知られるファウスト博士の伝説を解釈しなおして、人間生活のあ
らゆる支脈をみごとに統一した壮大なアレゴリーにしたてあげた作品である。それは、
様式のうえでも立脚する視点のうえでも、血気盛んなシュトゥルム・ウント・ドラング
時代にはじまり、しずかな古典主義の時代をへて、現実的な知性の円熟した晩年
にいたる、ゲーテのめざましい成熟発展の道のりを、表徴したものでもあった。人間
の営為と神の営為とを探究しつづけ、自己の尊厳を成就しようとする一個人の正義
感とすぐれた能力を称揚してやまないこの作品は、近代個人主義の精神が生みだ
した最初の文芸大作として、世界的な名声を博するに値するといえよう。
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